ランドセルの重さ、どこまで大丈夫?
☆スペシャルレポート☆
小学生が通学時にランドセルに入れて背負う荷物がとても重くなり、国も問題視するようになりました。子どもの健康を損なうのではないかと心配する親御さんも多いでしょう。そこで、リハビリの専門家である東京都立大学健康福祉学部理学療法学科准教授の来間弘展先生と、日本健康予防医学会理事・事務局長の西武胤さんに、小学生が重い荷物を背負うことの影響についてお話をうかがってきました。
1:ランドセルの重さは健康にどう影響する?
【教科書のページ数が増えて小学生の荷物は重くなった】
いまの小学生がどれくらいの荷物をランドセルに入れて背負っているのでしょうか。ランドセルメーカーのセイバンが2018年に行った調査によると、小学生がランドセルに入れる教科書の平均的な重さは、小学1年生で3.6kg、小学6年生になると5.5kgになりました(全小学生平均で4.7kg)。
ランドセルの重さは、ノムラの「スタンダード」やカザマの「カジュアル」のような1100g以下の製品もありますが、一般的な製品で1.2kg~1.4kg程度。教材と合わせると小学1年生で約5kg、6年生で7kg弱のものを背負っていることになります。ここに体操着やリコーダー、さらには水筒などが加われば、さらに500g~1kgくらいは重くなるでしょう。大人でもちょっとつらい重量ですから、小学生の多くが「重い」と訴えるのは無理もありません。
教科書が大判化し、ページ数が増えたことが大きな原因と言われています。『教科書発行の現状と課題(2020年度版)』(一般社団法人教科書協会)によると、小学校の教科書全体のページ数は、平成17年度に比べ令和2年度は47.1%(道徳・英語を除く)も増えています。「脱ゆとり教育」以降、学習指導要領の内容が充実したことに加えて、児童・生徒のわかりやすさ・学びやすさを追求して、教科書の記述やレイアウトが工夫されたことが影響しています。
児童の負担増加を危惧する声にこたえるように、文部科学省は2018年、全国の学校に向けて「児童生徒の携行品に係る配慮について」という通知を出しました。家庭学習で使わない教材については学校に置いて帰ること、いわゆる「置き勉」を認めるというものです。とはいえ、実施方法については各学校の裁量に任されています。そのため、多くの小学生が重い荷物をランドセルに入れて通学しているのが現状です。
【体重の10~20%がひとつの目安です】
では、どれくらいの重さなら子どもの健康を損ねないのでしょうか。ひとつの目安があります。アメリカの小児科学会が出した数値です。もちろん、アメリカの話なのでランドセルではなく、リュックに入れて背負う荷物の重さです。
それによると、子どもの体重の「10~20%を超えない」ようにすべきだということです。それを超えると、首や肩、腰の痛みを引き起こすなど、子どもの健康を損なうというのです。
「この数値は妥当だと思います」と来間弘展先生はおっしゃいます。スポーツをしている子どもがケガをしたとき、快復までの治療にあたるリハビリの専門家です。成長期は無理な負荷をかけないほうがいいとのこと。
「日本の修士論文でも体重の20%を超えると肩や腰の痛みを子どもが訴えるという結果が出ていますし、香港中文大学のエルゴノミクスの研究でも、似たような数値が出ています」
香港の研究は、リュックを背負って階段の上り下りをしたときの身体への影響を調べたものですが、上りは体重の15%、下りは体重の20%を超えると体幹の左右への動揺が大きくなると報告されています。
小学1年生の平均体重は21kg程度。先のセイバンの調査では小学1年生で教科書が3.6kgですから、教科書の重さだけで体重の10%をオーバーします。階段の上りでも大丈夫な15%に制限値を設定しても、教科書の重さが上回ります。体重の20%に設定すれば基準値におさまりますが、ランドセルを含めたらオーバーします。
「骨の成長は破骨細胞と骨芽細胞のふたつが関係しています。骨芽細胞の成長には確かに負荷が必要ですが、どの程度の負荷がいいのかはわかっていません。重力がかかっているだけで十分だと言われているくらいですから、過大な負荷はかけないほうがいいと思います」(来間先生)
できれば子どもの負担を軽くしてあげたいものですが、小学校低学年では、たとえランドセルをやめてナイロンリュックなどに変更しても、制限値をクリアするのは難しいでしょう。「置き勉」を含め、何らかの抜本的な対策をのぞみたいところです。
2021/05/07
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2:肩こり・腰痛…子どもの身体が変化している!
【小学生の肩こりが増えてきた】
重すぎる荷物は子どもの身体に大きな負担となり、好ましいこととは言えない。では、教科書を入れたランドセルの重さが子どもの肩こりや首の痛み、腰痛の大きな原因となっているのかというと、そうとも言い切れないようです。子どもの身体の変化も大きいのではないかというのです。
「まず感じるのが姿勢の変化。子どもたちのリハビリに携わっていて、子どもたちの姿勢が悪くなっていると感じています。特に脊柱。脊柱は、頸椎が前側にカーブ、胸椎が後ろにカーブ、そして腰椎が大きく前にカーブといったように、横から見てS字にカーブしているのですが、それがほとんどなくてストレートになっている子がいるのです。特に首がストレートネックになっている子が多い」(来間先生)
人間の身体は、体重を骨と筋肉で支えています。脊柱がストレートになると加重をうまく分散できず、筋肉に余計に負担がかかってしまうのです。そのため、肩こりや腰の痛みが出たりします。
「スポーツクリニックで定期的に子どもたちをみているのですが、小学校中学年から高学年で、肩がこる、腰が痛いといった訴えがすごく多いのです。おかしな姿勢でスポーツをやると、筋肉のつきかたのバランスが悪くなり、症状が出やすいような気がします」(来間先生)
【小学生の身体がかたくなっている】
子どもたちを見ていると、確かに姿勢が悪くなったと感じます。スマホを見たりゲームをしているときの姿勢も、背中が丸くなって首が前に出ている子が多い。そのためかどうかはわかりませんが、「小学生で頭痛を訴える子もいる」と来間先生。また、身体のかたい子も増えてきたようです。西さんが説明してくれました。
「しゃがもうとすると後ろに倒れてしまう子がけっこういるんですね。椅子に座る生活が当たり前になった影響かもしれないのですが、股関節が硬くなっているのは明らかでしょう」(西さん)
その座り方も変化しました。「仙骨座り」です。仙骨とは腰椎の付け根にある大きな三角形をした骨のこと。椅子に浅く腰掛けて背中を丸めると、この仙骨で体重を支える座り方になります。大人でも、この座り方をする人が多いですよね。
「椅子に座ったとき、お尻の骨が座面に当たる座り方がいいのですが、普通の子が仙骨座りになっているんですね。勉強をするときも、姿勢を正しくすることは大切なんですけどね」(西さん)
【両膝立ちで確かめてみよう】
来間先生も西さんも、子どもの身体の変化には、日常生活の変化が大きく関係しているのではないかと推測しています。生活が便利になるほど、遊びや家事、勉強で必要となる動きが単調になり、それが子どもの姿勢や身体の変化につながっているのではないかというのです。
姿勢が悪く、身体のかたい子が重い荷物を背負えば、そうでない子よりも負担が大きくなりそうです。家庭で改善する方法はないのでしょうか。
「改善にはある程度時間がかかりますが、チェックなら簡単な方法があります。両膝で立ってみてください。これで骨盤が起きます。骨盤が起きない人は前に倒れてしまいます。スポーツをやっていても両膝で立てない子がいるんですよ。そういう子は、立っていても、どうにかこうにかバランスをとっている状態なんです」(西さん)
これは試してみる価値ありです。もし両膝立ちできなかったら、身体のバランスがどこかおかしくなっているのかもしれないので、専門医に相談してチェックしてもらうといいでしょう。
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3:背負い方の工夫で負担は軽くなる!
【ベルトを調節してぴたっと背中に密着させる】
教科書を入れたランドセルの重さは「子どもの体重の10%~20%を超えないこと」が良いのは確かなのでしょうが、現状では、すぐに実現するのはなかなか難しそうです。背負い方の工夫などで、子どもの負担を減らすことはできないものでしょうか。
「可能だと思いますよ」というのは、日本健康予防医学会理事・事務局長の西武胤さんです。
「登山家などが、よくリュックの重心のことを言いますよね。重心の位置で感じる重さが変わるし、身体への負担も違う。ランドセルも同じでしょうね。背中に密着させて、重心を肩甲骨の下あたりまで上げたほうが身体への負担が小さくなるはずです」(西さん)
今のランドセルは立ち上がり背カンが主流で、背中や肩にぴったりとくっつくよう設計されています。ただ、それでもベルトの調節が合っていないと、ランドセルが後ろに倒れたりします。
「それほど注目して見ているわけじゃないんですが、ランドセルの位置が子どもによって上だったり下だったりすることがあり、やっぱり気になります」と来間先生。やはりベルトの長さをきちんと調節して、きっちりと背負うほうが身体への負担は少なくなります。
女性に多いリュックの背負い方、肩よりだいぶ下にだらんと下げる背負い方は、体に良くないそうです。
「実はさきほど、私の教室に来た女の子が、ベルトを伸ばしてだらんとリュックを背負っていました。ちょっと上げてみてと言ってベルトを調節させたら、”こっちのほうが楽”と言っていました」
一時期は「姿勢を良くする背負い方」などと紹介されたこともありますが、リュックを下にすると、「身体を後ろに倒すモーメントが働き、腰痛を引き起こす可能性が高い」と来間先生。立ち上がり背カンを使ったランドセルでは腰のあたりまで下げて背負うのは無理ですが、ベルトが長すぎると後ろに倒れ、身体を後ろに引っ張る力が働きます。やはり、ベルトをきちんと調節し、適切な位置に重心をもっていくようにしましょう。
ただ、教科書を入れたランドセルは重いですからね。重心が上になりすぎると、今度は前に倒れる傾向があるようです。無理のない範囲で上に持ち上げるよう調節するといいと思います。
【軸をぶれさせないように詰め方を工夫する】
ランドセルの背負い方でもうひとつ重要なことに、「身体の軸をぶれさせない」ということがあります。香港中文大学の研究でも、階段を登るとき、リュックの重さが体重の15%を超えると体幹の左右への動揺が大きくなるとありました。このぶれが子どもの身体によくないのです。
「軸のぶれは身体の負担になります。登山家もリュックに荷物を詰めるときは、ぶれないようにかなり工夫しています。ランドセルでも同じことをするといいと思います」(西さん)
ランドセルはカッチリした箱形のリュックですから、変型してぐらぐら動くことはありません。ただ、ランドセルの容量の割に教科書が少ないときがあります。すると、歩いている最中にランドセルの中で荷物が動きます。これが体幹の動揺を招くのです。
これを防ぐ方法としてよく紹介されるのが、すき間をタオルなどやわらかい持ち物で埋めるという方法で、「これは有効」と西さん。荷物をランドセルの中で動きにくくすることが肝心です。
また、左右の肩ベルトを胸の位置でつなぐストラップも販売されています(たとえば「ふわりぃのチェストベルト」 )。ランドセルが背中で左右に動かないようにする腰ベルトもオプションであります。これらも体幹を動揺させないためには有効ではあるのですが、「注意することがある」と来間先生。
「低学年には良くても高学年になると合わない、という研究結果もあります。かなり体型に左右されそうですから、試してみてお子さんが気に入らないというときは使わないほうがいいでしょう」
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2021/05/21
4:ランドセルのメリットとデメリットとは?
【丈夫で長持ち、安全性も高い】
ランドセルのメリットとデメリットについて考えてみました。まずメリットから。よく言われるのが耐久性の高さ、背負いやすさ、安全性、収納力でしょう。
耐久性の高さですが、これは折り紙付きです。人工皮革製でも本革製でも、ガッチリと縫い付けられているため、6年間、しっかりと教科書や教材を守ってくれます。仮に壊れても、メーカーが修理対応してくれます。
背負いやすさも特筆ものです。重い教科書を入れることを前提につくられているため、本体は箱形。ベルトは幅広くクッション入り。背当て(背中に当たる部分)も1枚の板になっており、重さをあまり感じさせないのです。
安全性については、反射板や、いざというときにはずれるナスカン(リング状の金具)、防犯ブザーをつけるためのリングなど、子どもの安全を守る装備が充実しています。それだけではなく、ランドセル自体が事故のときなどに子どもの命を守ることがあるのです。来間先生から興味深い話を聞きました。
「診療で訪れたクリニックで、何人ものお母さんから、ランドセルが子どもの頭を守ったと聞きました。小さな子どもは身体の重心が高くて転びやすいのですが、ランドセルを背負っていると、後ろ向きに倒れても頭を打たないんですね。これは驚きました」
ランドセルナビのスタッフも実際に見たことがありますが、バタッと後ろに倒れても、ランドセルがクッションになって頭を守っていました。ランドセルの大きなメリットなのかもしれません。
そして収納力。これも抜群です。しかも、収納部分が3つくらいに分割されているので、整理しやすく、入れたものを見つけやすいのです。
【やっぱり高価? ランドセルのデメリット】
ランドセルのデメリットで代表的なものは、値段と重さでしょう。まず値段ですが、現在の売れ筋は5万円~7万円くらい。実用品と考えると、大人向けのバッグよりもかなり高いと思います。本革製やファッションブランドのランドセルだと10万円を超えるものも珍しくありません。
ただ、ランドセルはかなり特殊なバッグで、部品点数も200前後と多く、大人向けよりも製造に手間がかかっています。ヨーロッパの展示会にランドセルを出品したことのある老舗工房の人から「欧州の有名ブランドに見せたら、この値段では作れないと言っていた」と聞いたこともあります。確かに高価ですが、6万円のランドセルを6年間使って、1年に1万円。この値段をどう判断するかによると思います。
次にランドセルの重さ。現在、人工皮革の最軽量モデルで1000g前後、本革製で1400~1500g程度です。昔よりも軽くなりましたが、A4フラットファイル対応になり、ランドセルが大きくなりました。ほぼギリギリまで軽量化されていると思いますが、それでも布製リュックよりも重いのは事実です。
以上、ランドセルのメリットとデメリットをまとめました。布製リュックにすれば、300g~500gくらいは軽くなり、値段は大幅に安くなります。しかし、背負い心地に直結する肩ベルトまわりの機能はランドセルのほうが優れているでしょう。それぞれの特徴を総合的に判断し、お子さんの負担が少なくなるものを選ぶといいと思います。
2021/05/28
5:手提げはNG。重いものはきちんと詰めて正しく背負う
【成長期に注意すべきは側湾症】
来間先生と西さんのお話をうかがって、教科書を入れたランドセルの重さは、小学校低学年の身体には負担が大きいことがよくわかりました。しかし、急にそれを減らすことも難しそうです。教材の重さを考えると、ランドセルをやめて超軽量の布製バッグにしても、根本的な解決にはなりそうにありません。
どれを選ぶにしても、「手提げは避けるべき」と来間先生。理由は、加重が左右のどちらかに偏るからです。
「成長期でいちばんよくないのは側湾症です。背骨が左右に曲がる障碍です。これは女の子に多い。原因はよくわからないのですが、急に起きるのです。進行する可能性もあるので、片方の手で持つのはよくありません。進行を促してしまう可能性もありますから」(来間先生)
荷物を持つなら、リュック型のバッグのように、両肩に均等に負荷をかけて背負うのが、いちばんいいというのが来間先生の見解です。
【ランドセルは形が変化しないのがいい】
となると、やはりランドセルか布製の軽量リュックを選ぶことになりますが、300g~500gの差をどうとらえたらいいのでしょうか。
「私は途中でランドセルを変えたらいいと思っているんですけどね」と来間先生。低学年と高学年で身体の成長がだいぶ違うのですから、体格や体力に合わせて低学年向けと高学年向けでランドセルを変えたほうがいいのは確かでしょう。でも、経済的な負担など諸事情を考えると、誰もができることではありません。
「それでも、ランドセルは意外にいい選択だと思いますよ。布製のリュックより少し重いですが、ランドセルは箱形でカッチリとした作りになっていますからね。そこがいい」(西さん)
「私も、できればかたちがあまり変化しないもののほうがいいと思います」(来間先生)
布製のリュックは柔らかいため、歩いている最中に重さが偏ることがあります。その点、ランドセルはほとんど変型せず、重さが偏りにくい。背負い方の工夫で西さんが述べていたように、教材を動かないようタオルなどですき間を埋めておけば、ほぼ一定の高さ・位置に重心を保つこともできます。西さんも来間先生も、そこは優れたポイントだと評価していました。
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【今回の取材のまとめ】
来間先生と西さんのおかげで、重たい荷物が入ったランドセルを背負うとき、どこに注意すればいいかが、だいぶわかってきました。教科書の重さは個人ではどうにもなりませんが、かばん選びと詰め方の工夫で、子どもの負担はだいぶ減らすことができるので、ぜひ心がけてみてください。
大事なポイントは、2つです。
ひとつめは、子どもの身体の健康状態のチェックすること(2:肩こり・腰痛…子どもの身体が変化している!)。そのうえで、より身体への負担が少ない荷物の持ち方・背負い方をマスターしてお子さまに教えてあげましょう(3:背負い方の工夫で負担は軽くなる!& 5:手提げはNG。重いものはきちんと詰めて正しく背負う)。
ランドセルは重たい荷物の入れ物としては悪くない選択ですが、だからといってどんどん重くしてもいいわけではありません。「1:ランドセルの重さは健康にどう影響する?」で紹介した「体重の10~20%以内」をおおよその目安にして、それを大幅に超えるようであれば、学校の先生方とも相談してみるといいですね。
2021/06/4